笹川能孝さんが「財界人文芸誌ほほづゑ」に投稿された記事より引用します。

 

「日本人最後のファンタジスタ~非暴力&非服従の人・笹川良一物語~」が、2024年1月28日(世界ハンセン病の日)に出版される。

良一は、“政財界の黒幕”、“フィクサー”、“右翼のドン”と数々の呼称がつけられてきた。ただ、実は彼の九十六年の生涯を通して何を具体的にやってきたのか、どのようなパーソナリティをもった人物であったのか、そして彼の交友関係などは殆どの人々には知られていない。

さて、今回の出版のキッカケになったのが、ある一本の動画である。良一が米国・デューク大学の研究員から九十分ものロングインタビューを受けているものだが、実は私もこの存在を知らなかった。

というのも、「ryoichi sasakawa」と検索しないとこの動画に辿り着くことができないからであった。

そして、偶然にもこの存在を私にもたらしてくれたのが、人形浄瑠璃太夫、豊竹藤太夫。Facebookから親交が始まり、ユーチューブ番組「とうだゆうde笹川流」を始めた間柄である。このチャンネルでもって一年足らずで屈指のユーチューバーとなった、日本の伝統芸能界の異色の人物だ。

そこから十年来の朋友、司法書士・河合保弘にこの動画は共有され、共著で出版することがトントン拍子に決まっていった。彼とは共同代表を務める「鵺の会」で日本で未だ知られていない「民事信託」を日本国民に届けようという気概でユーチューブ番組を二年近く取り組んでいる間柄である。

このように長年、多くの人々に恐れられてきたあの笹川良一を孤高の二人が、令和の時代に甦らせ、書籍化へこぎつけた立役者である。

さて本題に入るが、今回の作品はイデオロギーや一般的な社会からの評価などには一切関係なく、“笹川良一”について、純粋かつ自由に描かれている。

山本五十六、東條英機、市川右太衛門、川島芳子、愛新覚羅溥儀、ベニート・ムッソリーニ、白洲次郎、三島由紀夫、大森智辯、松下幸之助、田中角栄、そして良一の小学校の同級生であった川端康成ら、軍部・政財界・芸能界・操觚界・宗教界などの著名人との交流を交えながら、良一の生涯が閉じる日までをファンタジー・テイストに仕立てられている。

書籍名の“ファンタジスタ”は、イタリア語が語源で、機知やユーモアに富んだ役者や、天才的なプレーを見せるサッカー選手に対する賛辞として使われている言葉である。戦前は、良一が民間人の身でありながら二十機の飛行機と専用飛行場まで持っており、空を渡り満州国皇帝・溥儀、イタリアのムッソリーニ総統との面会まで果たしている。この誰にも真似ができない、空前絶後とも言える生涯を一言で示すに相応しいフレーズであろう。

ところで、良一は生涯にわたり、ただの一度も暴力を振るったことがない。何故なら、彼は暴力を使わなくても、その存在を十分に主張できる術を持っていたからだ。また、彼はただの一度も他人に服従したことがない。何故なら、彼は犯罪、脱税、不正行為はもちろんのこと、“お天道様に顔向けできないこと”は、何一つとして行っていないからである。

良一は、戦前は米相場や株式相場で巨万の富を築き上げ、“大衆右翼”を名乗り政治活動を行う。そして対米戦争に反対し、東條英機政権に真っ向から異を唱えたのだ。彼は、果たして世の評価が言うような単なる“右翼”だったのだろうか?また、世界平和を唱え日本財団の前身である日本船舶振興会を設立し、その収益金や個人財産の大半をハンセン病撲滅運動をはじめとする社会活動に費やした。彼は、果たして世の中が揶揄するような単なる“偽善者”だったのだろうか?

この評価は読者に委ねるとして、本作は、笹川良一と川端康成という、同じ小学校で席を並べていた二人を主人公とした娯楽作品である。もちろん史実に基づいた内容にはなっているが、宝塚歌劇のようなファンタジーに仕立てられている。これは、多くの若者らが日本の近現代史を肩肘張らずに読みやすくするためである。 最後になるが、同作品の「あとがき」に記した私の文章を紹介しておこう。

今年、戦後七十八年目にあたり、広島でサミットが開催されました。 そして、戦争体験を持たない日本人の割合(令和三年総務省の人口推計)が、総人口の八十六%に達し、さらに国政を担う国会議員の戦後生まれの割合(令和四年国会議員要覧の集計)に至っては、実に九十八%を占めるまでとなりました。この事実は、「戦争」を抽象的に捉える人々が増え、戦争行為すらも肯定するような論調が表出する社会がやってくる危険があることを示しているのではないかと、私は考えています。

さて実は、ショッキングなデータがあります。それが、世界価値観調査 (令和四年)です。 「あなたは進んで、わが国のために戦いますか」という設問に対して、日本は「戦う・十三%」(ワースト一位)、「わからない・三十八%」(トップ一位)」という結果が出ているのです。

そこで、私と河合保弘とで結成している「鵺の会」は、今まで表舞台に出てこなかった、悪名高き笹川良一を令和の時代に蘇らせることを決めました。

その理由は、彼が戦前・戦中・戦後を、誰に対しても忖度することなしに、正々堂々と生きた、稀有な日本人の一人だからです。そして良一と共にその時代を歩み、颯爽と生きた日本人たちとのやりとりを紹介しながら、未来の若者のために学校では教えないホンモノの日本の近現代史を、誰もが学べる作品として創り出そうと考えました。

ところで、笹川家の家庭教育を紹介した「笹川流」に登場した愚息も二十六歳に成長しましたが、最近、陸上自衛隊の予備自衛官になるため、予備自衛官補に応募し、招集教育訓練を履修する予定であることがわかりました。  日本が侵攻されたなら、国民として領土をどう守るのか?日本が戦争に巻き込まれたら、国民として何ができるのか、若しくはすべきことは何か?徴兵制がなく訓練を受けていない国民が、日本を守ろうとした場合、戦うために実践的に必要なことは何か?という強い問題意識のもと、一国民として彼は新しい行動を取ったものだと私は捉えています。

本書を通して読者には「平和」というものは、決して誰からも与えられるものでないということをわかってもらいたいのです。ひとりひとりの小さな努力の積み重ねがあり、そういうエネルギーが結び合い、広がっていくことが、我々国民のできること、果たすべきことだと、私は思っています。

そして、今までタブーとされてきた戦争、国防、平和といった話題が、日常生活のなかで普通に話し合える社会となるためのキッカケに、本書が役立つことを望んでいます。

皇紀二六八四年  笹川 能孝