鴛鴦(えんおう)“OSHI-DORI”第5章 有限会社六川デザイン建設の巻

第3話:第三者の言葉

坂上栄子が、緑野真凛と青芝優也に言う。

「父の表情が明らかに昨夜とは変わりました。やっぱり第三者の人の言葉は効果があるんですね。」

これには優也が答える。

「はい、社長さんは相談員の無責任な言葉を真に受けてしまって、あのような状態になっておられると思いましたので、別の形で第三者の冷静な言葉を耳に入れることで、変化が得られると考えたのです。」

初子が言う。

「なるほど。主人はいつでも一人で考え込むタイプでしたし、私は経営のことがあまり分からないので、頼りにはされていなかったのでしょうから、どうしても気持ちが内に籠ってしまうのでしょうね。」

「そういう時に、ちょっと権威がありそうな外部の人の言葉を聞くと、自分で判断しないで鵜呑みにして信じ込んでしまうものなんです。」

真凛は、初対面の人たちに対して堂々と話す優也の姿を見て、自分も栄子にとっては古くからの知人ということもあるので、今回も優也の力に頼ってみようと考えていた。

優也は話を続ける。

「このような大きな問題は、社長さんお一人に考えさせるのではなく、まずはご家族と一緒に考えて対処された方が良いのではないかと思いますから、折を見て栄子さんの方から社長さんにそう言ってくださいますか。」

「承知しました。」

「では、社長さんと改めてお会いする前に、これまでの御社の経営状態などを詳しく分析したいと思いますので、資料を見せていただけますでしょうか。」

今朝方に初めてR社の話を聞いて、まだ数時間しか経っていないのに、テキパキと資料を見て分析している優也を、真凛は眩しそうに眺めていた。

旧友の英子は、それに気付いたのか、真凛の傍に寄ってきて小声で言う。

「青芝先生、何だか凄いわね。一緒に居て惚れちゃわないの?」

真凛は、栄子の言葉を聞いて、顔が真っ赤になってしまった。

「あら、もう惚れてたのね。失礼しました。」

栄子は真凛の背中を叩いて笑顔を見せる。

でも、昨夜から続いている父の乱心で緊張していた栄子の心に、少し余裕が出てきているようであることを、真凛は素直に喜んでいた。

その間も、優也は取締役である初子と、R社の経営内容について話している。

「会社全体としては、そこそこの売上があるのに営業利益は極めて少ないですね。部門別で見てみますと、デザイン設計部門は優秀なのに、建設部門については、特にここ数年は原価率が上昇し続けて赤字化してしまっていますが、何か理由があるのでしょうか?」

「はい、主人は宮大工の家の生まれということにプライドを持っていまして、建築資材とか工法への拘りが多くて、あまり原価を気にしないで受注してしまう傾向があるようで、それが近年、特に強くなっている感じがしていたのです。」

「そうでしょうね。あれだけ質の高い建築物なのですから、もっと受注価格を高くしても良いと思いますよ。それに申し上げにくいのですが、経費の管理なども甘めと言うしかありません。つまり現在はデザイン設計部門で稼いだ利益を建設部門が食い潰しているという感じになってしまっています。」

R社に来るまでの僅かな移動時間で、優也はR社が建設した店舗などの情報を調査していたらしい。

初子と栄子は、優也の言葉にいちいち感心している。

そこで栄子が言う。

「私、今のところ専業主婦で時間はありますし、今日から会社のお手伝いをすることにします。」

「それは心強い。では早速ですが、毎日の資金繰り表を作ってください。おそらく月末の支払いの全部はできないと考えられますので、どれは払ってどれは待っていただくかの判断を早急にして、事前に交渉に行っていただく必要がありますから。」

初子が尋ねる。

「そういった交渉には、先生方が行っていただけるのでしょうか?」

「いえ、それは会社関係者の方が行かれるべきと思います。ただ社長さんはあの状態ですから、ここは取締役である奥様の出番ではないかと。」

真凛も付け加える。

「私たちは弁護士さんのような交渉の代理人ではありませんし、仮に代理人であったとしても、債権者の方々には支払猶予をお願いするのですから、円満に協力を求められるのであれば、やはり当事者の方が行かれて、真剣に腹を割ってお話をされる方がベターであると思います。」

初子も覚悟を決めたようである。

「分かりました。ここは私が出向くしかないようですね。先生方には資料作りのお手伝いと、私共へのレクチャーをお願いします。」

栄子が言う。

「今日が日曜日で良かったです。今の段階で父が迂闊なことを言うと、スタッフから外部に情報が漏れたかも知れませんから。」

「そうですね。その意味では良かったと思いますが、とにかく明日の月曜日までには今後の方針を一応決めるくらいまでは進めておきたいので、今日は時間をいただきますね。」

またまた優也の言葉に真凛は感心し、その姿を見る栄子は笑顔を見せていた。

ここで、少し気持ちが落ち着いてきたのか、初子が言う。

「実は以前、取引先で夜逃げした会社があったんです。幸い我が社の売掛金は僅かだったので影響はなかったのですが、それで何社かが連鎖倒産しました。金曜日には何でもなかったのに、月曜日の朝に行ってみたら会社も社長の自宅も全部もぬけの殻で。一家四人、未だに行方は分かりません。私たち一家も、一つ間違えればそうなっていたかも知れないと思うと・・・。」

栄子が言う。

「そう言えば思い出したわ。中学校で隣のクラスの男の子の家だった。あの家、今でも廃墟になって残ってるよ。」

初子は、真凛と優也に向かって、しみじみと言う。

「本当にありがとうございます。もしお二人が来てくださらなかったら、私たちも夜逃げしていたのかも知れないと思うと、お礼の言葉もありません。」

「いえ、まだ上手く進むと決まった訳ではないですから、お礼は最後まで取っておいてください。とにかく今は経営再建計画を立てること、債権者の方々に協力をお願いすること、債権者以外の取引先やスタッフさんなどに情報を漏らさないこと、そして社長さんに元気になっていただくことが先決だと思います。」

優也の言葉に、全員が納得するのであった。

今回も真凛は、優也の成長ぶりに感心するしかなく、ますます個人的な恋慕の気持ちが高まったようである。

(つづく)

※夜逃げした廃屋!またまた陰気な写真ね。でも夜逃げはともかく、実はマリン、廃屋って嫌いじゃないの。ちょっと変かしら!!