鴛鴦(えんおう)“OSHI-DORI”第5章 有限会社六川デザイン建設の巻

第2話:無料法律相談

六川初子は、夫の弥次郎を連れて市役所の無料法律相談に行った時のことを、緑野真凛と青芝優也に話し始めた。

「相談員は若い男性で、何の資格の人だか分からないんですが、最初からとっても横柄な感じでして、主人の話をほとんど聞かないで、一方的に話を進めるんです。」

弥次郎と相談員との会話は、こんな感じであったらしい。

相談員が開口一番に言う。

「不渡りねぇ、こりゃ破産しかないだろうなぁ。」

弥次郎が答える。

「私は長年、コツコツと真面目に仕事をやってきまして、人に裏切られるなんてことは初めてでして、本当に困惑しています。」

「まぁ、そんな話はどうでもいいから。とにかく現実的な処理を考えないとね。相談時間もあんまりないし。」

「私は人様にご迷惑をお掛けするような真似だけはしたくありませんので・・・。」

「だから、そんな話はどうでもいいから、法律的な話以外は要らないの。」

「いえ、お世話になっている銀行さんや仕入先さんに申し訳なくて。」

「面倒な人だね。そんなことは関係ないって。どのみち破産しかないんだから。ところで法人の破産となると、裁判所への予納金とか弁護士費用とかで数百万円必要なんだけど、用意できるの?」

「実は今、受注直前になっている仕事がありますから、その契約が決まれば・・・。」

「社長さん、何言ってんの!これから破産する会社が、今から新規の契約なんかしちゃダメだよ。」

「えっ、ダメなんですか。」

「当たり前でしょ。そんなことしたら詐欺罪になっちゃうよ。」

「仕事をしてはいけなんですか?」

「そりゃそうでしょ。破産ってのは法律的に粛々と進めるものなんだから。とにかくサラ金から借りるとかしてね、何とかお金搔き集めて、近くの弁護士さんの事務所に行って、あとは全部弁護士さんに任せるしかないよ。」

「いきなり破産って言われましても。それにサラ金から借りるって・・・。」

「破産法の第1条にはね、支払不能または債務超過になったら破産って書いてあるの。社長の会社、支払不能なんでしょ?だったら破産以外に何があるってのよ。次の客が待ってるから、今日はこれで終わりね。」

「い、いや、そんな・・・。それに数百万円なんて予納金は準備できそうもありません。その場合にはどうなるんでしょうか?」

「そりゃ、夜逃げしかないわな。はっはっは。まぁ早く気持ちの整理を付けて、破産するなり夜逃げするなり、どっちかに決めた方がいいよ。怖い人たちが取り立てに来たら家族が困るだろ?」

「・・・。」

「じゃぁ、次の方どうぞ。」

真凛と優也は、その話を呆れて聞いている。

優也が小声で言う。

「凄い相談員が居るもんだね。」

「決してそんな人ばかりじゃないから、分かってね。」

「まぁ、マリンちゃんの問題じゃないけど。」

ここで初子が言う。

「主人は、その相談員の言葉を真に受けてしまって、もう夜逃げしかないって大騒ぎで。それですぐ栄子を呼んだんです。」

真凛が答える。

「そうだったんですか。」

「夫は生真面目で思い込みの強い人ですから、長年信頼してきた取引先から不渡手形を掴まされたショックを受けて、正常な判断ができない状態でしたから、無料法律相談なんかに連れて行ってしまった私がいけなかったんです。」

これには優也が答える。

「済んだことは仕方がないですから、とにかくこれからどうするか、冷静になって考えてみましょう。」

真凛が言う。

「ところで、お父様は今はどうなさってますか?」

「はい、昨夜は沢山お酒を呑ませたので、よく眠っていまして、今は一応は起きたみたいなんですが、部屋に籠ってしまっています。」

「それでは、もう少し時間を置いてから、落ち着かれた頃を見計らって、私たちが栄子さんと一緒に面談することにしましょう。」

「そうしてください。マリンさんのことは、栄子が話せば主人は思い出すでしょうから。」

真凛は高校生時代に栄子の家に遊びに来て、何度か弥次郎とも会っていることを思い出したが、確かに妻の初子が言うように、生真面目で思い込みが強そうな人という印象だったなと感じていた。

そして数時間後、真凛と優也は、栄子と一緒に弥次郎と面談することになる。

弥次郎は、今回のことで一気に疲れが出たのではあろうが、真凛が知っている7~8年前の姿に比べると、随分と歳を取った感じに見える。

まず栄子が口火を切る。

「お父さん、覚えてるかな。女子高で一緒だった緑野真凛ちゃんよ。今は司法書士になっておられるの。」

弥次郎は、無気力な表情で真凛たちを見ている。

「司法書士さんか。栄子が頼んでくれたんだね。でも残念ながら裁判所に払う予納金がないから、破産の手続きは無理なんだ。」

「お父さん、何を言ってるの。マリンちゃんは、この会社の役に立てるかも知れないと思って来てくれたのよ。」

真凛は名刺を出して、弥次郎に挨拶する。

「お久しぶりです。高校時代にはいよいよお世話になり、ありがとうございました。今日は仕事というよりも、個人的に栄子ちゃんのお父様の会社のために参りました。」

次に優也が名刺交換して言う。

「私は緑野真凛司法書士と一緒に、中小企業の経営を支援する仕事をしております。何かお役に立てることがあればと参上いたしました。」

しかし、弥次郎の精神状態は、予想以上に酷いみたいである。

暫くの沈黙の後、弥次郎はようやく口を開いた。

「どのみち、もうダメなんですよね?」

真凛は、このような事態を予想して、あらかじめ優也と打ち合わせをし、こういった精神状態にある人に対して一気に多くを語ったり、無理に励まそうとはせず、とにかく話を聴く態度を取ろうと決めていたので、手短に言う。

「私たちの方で、御社の資金繰りなどを確認しますので、少しだけお時間をいただけますでしょうか?」

弥次郎は何も答えないので、真凛はさらに言う。

「たまたま今日は日曜日で御社もお休みのようですから、社長さんも今日はゆっくりお休みになっていてください。私たちでいろいろな方法を考えてみますから。」

「ありがとうございます。」

ようやく弥次郎の表情が少しだけだが穏やかになったことに真凛たちは気付いていた。

(つづく)

 

登場人物紹介

六川初子(ろくかわ・はつこ 55歳)

六川弥次郎の妻で、R社を一緒に創業し、現在も取締役を務めているが、これまで実際の経営にはほとんどタッチしておらず、今回の不渡手形についても把握していなかったので、慌てて栄子に連絡したらしい。

 

六川弥次郎(ろくかわ・やじろう 59歳)

宮大工の名家である六川家の次男として生まれ、若い頃は修行に励んでいたが、父の弥右衛門が隠居して六川家を兄の弥一郎が継いだ後は、六川家を離れて独立、R社を設立し、宮大工のノウハウを生かした独自の注文建築“上州の匠・弥次郎の店”というブランドを立ち上げて成功してきた。ただ、経営能力は高くはなく、原価計算などができていなかったため、常に資金繰りは苦しく、今回の不渡手形で一気に行き詰まる事態に陥っている。

※会社が破産した時の登記事項証明書ね!今回は何だか最初から陰気な写真ばっかりで嫌だな。でもマリンが何とかするから安心してね!!