鴛鴦(えんおう)“OSHI-DORI”第3章 株式会社スイートパラダイスの巻

第4話:キーマン

緑野真凛と青芝優也は、S社に来ている。

真凛は、砂川光一からの事前情報を聴き、3人の役員それぞれの思惑が異なる可能性があると考えて、一人一人と別々に面談することにしており、まず光一と共に、光一の父であり代表取締役である砂川寛治を訪ねた。

寛治は、一連の事件のせいか、かなり疲弊しているようである。

「親父、噂の同級生を連れてきたぜ。」

光一の言葉にも、あまり反応しようとしないようだ。

真凛は寛治に向かって言う。

「私は司法書士をしております緑野真凛と申しまして、光一さんとは大学時代の同級生として大変お世話になりました。」

「緑野さんはとっても優秀な司法書士で、いろいろな会社の相談を受けて、見事に解決しておられるんだよ。」

光一のフォローは、真凛にとっては嬉しいのだが、どうしても横に立つ優也のことを気にしてしまう。

「こちらは、中小企業診断士の青芝優也さんです。いつも私のお仕事を助けてくださっているんです。」

真凛の言葉を受け、さらに光一がフォローしてくれる。

「このお二人が組めば、法律面と経営面の両方で対策が立てられるし、さらにバックには大きな専門家グループが付いておられるから安心だと思うんだ。」

ここで初めて優也が口を開いた。

「光一さんから情報をいただきまして、事前に御社の経営状態や財務状態を検討して参りましたが、自主的な再建が可能か否かの瀬戸際という段階であると考えます。つまり支援を申し出ているというB社からの話に応じるか否かは、御社の経営陣のご決断次第ということになるでしょう。」

真凛も説明を加える。

「B社からの提案は増資に応じて株式を受け取る方法ですから、御社の経営にB社の意向が反映されることになりますし、場合によっては社長さんの意に沿わない提案が出される可能性もあると思いますので、十分にご検討いただきたいと思います。」

ここでようやく、寛治が口を開いた。

「ご配慮ありがとうございます。私はチョコレートが好き、美味しいヨーロッパ産のチョコレートをお客様にお届けしたいという理由だけで会社をやってきましたが、今回は私がこれと見込んで輸入した商品から食中毒事件を起こしてしまい、すっかり気持ちが萎えてしまっています。しかし従業員やお客様のために責任を放棄することはできないと思って頑張っていました。ですから今回のB社からの申し出は有難いと感じているのですが、届いた書類があまりにも難しくて、私はもちろん、白岩専務でさえ分からないような内容でしたので、法学部出身の息子に尋ねてみたのです。」

ここで光一が、優也の方を向いて言う。

「そうなんです。僕もB社からの支援の話は有難いとは思っているのですが、経営者の黒川源蔵さんに対する評価が分かれているようでもありますし、本当に支援を受けるべきなのか、あるいは自主的に経営を立て直すべきなのかについて、青芝先生にご指導をお願いしたいのです。」

優也が言う。

「もちろん資金的な支援を受けるということだけであれば有難い話だと思いますが、出資を伴うということは、会社の支配権の問題と絡んできますので、B社の経営理念やこれまでの経営方針との擦り合わせが必要になるでしょうし、食中毒事件が完全に終息しているなら、支援を受けずに自主的な経営再建も可能かも知れませんから、いろいろと情報を頂戴しまして、分析してみたいと考えております。」

真凛は、優也が日増しに現場慣れして、言葉に力が付いてきていることを嬉しく感じていた。

ここで真凛が、寛治社長にB社から来た書類の内容を説明する。

「ということで、とりあえずは200株相当分の増資を引き受けて、B社側からの役員を二人入れてくれということだけのようですから、必ずしも悪い話であるとは思えませんが、社長としてはどう考えられますでしょうか?」

真凛の言葉に、寛治は答える。

「光一から聞いておられるかも知れませんが、私はもしB社からの資本が入るのであれば、これまでの経営責任を取る必要もありますし、この機会に代表を外れて、光一に交替してもらいたいと思っています。でも光一は積極的ではないようなので、実は困っているのです。」

真凛は、光一から話を聞いているが、まだここで光一の姉の長谷川真美の話を持ち出すのは早いと考えたので、これ以上の話はしないでおくべきと判断した。

「光一さんにもお考えがあると思いますし、今の段階ではB社からの話を慎重に検討することができるだけの時間的余裕がありますから、まだ結論を出されることはないと思います。もう少しゆっくり考えてみましょう。それから、他の役員さんのご意向も考慮しなければならないと思うのですが、ご面談させていただいてよろしいでしょうか?」

この真凛の言葉に、寛治も光一も安心したようである。

寛治も光一もあまり数字には詳しくないため、B社からの提案に対して結論を急ぐ必要があると考えていたようで、その点でも優也から聞かされた経営分析で多少の猶予があることが分かったことが、大きな安心材料であった。

寛治は言う。

「そうですね。白岩専務は大学時代からの付き合いで気心は知れていますが、これまで経営面を全て任せてきましたので、他社との提携となると意見があるかも知れませんから、本音を聞き出していただきたいです。それから弟の良治は昔から無口で何を考えているか分からないので、上手く話していただければと思います。彼らは私よりも光一の方が話しやすいでしょうから、一緒に行ってください。」

おそらく光一が事前に父に言っておいてくれたのだろう、話はスムーズに進んでいる。

社長室を出た後、光一が真凛に向かって言う。

光一にとっては、真凛は同じ歳で昔から親しいが、優也は年長で初対面なので、言葉の使い方に苦労している感じであるが、とりあえず他人行儀で話している。

「さすが、緑野さんと青芝先生とはパートナーだけに息が合っていて、とても説得力がありましたね。これで親父も安心したと思います。いずれは後継者の問題についても、お二人から話していただければ、僕も会社から抜けやすくなると思いますので、その節にもよろしくお願いします。」

真凛は、光一が何度となく“自分は会社を抜ける”と言っていることが、とても気になっていた。

先ほどの寛治の話からも、光一は他の役員との人間関係もあるし、今回も提案書の読み取りを全員から依頼されたのであるから、やはり今のS社にとって光一はキーマンであると、真凛も優也も思っていた。

(つづく)

 

登場人物紹介

砂川寛治(すながわ・かんじ 57歳)

株式会社スイートパラダイス創業者で、現在も代表取締役社長。

甘党の趣味が高じて42歳で大手商社を脱サラして創業、周囲の協力もあって最近までは順調に業績を伸ばしていたが、食中毒事件を契機に経営が悪化、意欲を失いつつある状況に、他社からの支援提携の話が舞い込み、どうすべきか悩んでいる。

長男の光一の他に、長女の長谷川真美が居るが、結婚と離婚のことで真美とは絶縁状態。

※ヨーロッパ調の素敵なキーね! マリンも秘密の扉、開けてみたい!!