鴛鴦(えんおう)“OSHI-DORI”第3章 株式会社スイートパラダイスの巻

第1話:再会

緑野真凛は、大学時代の同級生であった砂川光一から、久しぶりに携帯電話のメールで連絡を受けた。

二人は、今から5年前、21歳の時、1年間ほど彼女と彼氏として付き合っていた仲で、いわば“元カノ”と“元カレ”の関係である。

実は、光一は真凛にとって初めて付き合った異性であったのだが、光一はとにかく気が多く、常に複数の女性の影が付き纏っており、大学を卒業して光一が東京の会社に就職したのを機に、真凛からは連絡を取らなくなってそのままになっていたのだ。

光一からのメールは短く“仕事のことで相談があるので電話してもいいかな?”というような内容であった。

真凛は、今では一緒に仕事をすることが多くなった青芝優也と付かず離れずの関係になっており、ここで元カレである光一と連絡を取るのを躊躇っていたが、仕事の相談という言葉に少し安心感があったのか、“いいわよ”と返信して、光一からの電話を待っている。

ちょうど自宅事務所でコーヒーを淹れていたところだったので、例によって砂糖をスプーンに4杯入れて掻き混ぜているところに電話が鳴った。

「マリンちゃん、久しぶり。」

光一の話し方は相変わらず軽い感じだが、5年ぶりに聞く元カレの声に、真凛は緊張する。

「本当にお久しぶりね。」

「実は、マリンちゃんが凄い司法書士になってるって、同級生たちから噂を聞いてね。」

「全然凄くはないわ。協力者のおかげよ。」

真凛は、優也の顔を思い浮かべていた。

光一は続ける。

「実は、司法書士のマリンちゃんに相談があるんだ。事務所に行ってもいいかな?」

真凛は少し迷った。

この事務所は自宅でもある。

果たして、ここに光一を招いてもいいのだろうか?

優也は何度もここに来ているが、いつも“あくまでも仕事だからね”と真凛は釘を刺している。

ということは、光一は“司法書士のマリンちゃんに相談”と言っているのだから、やはり仕事なのだし、構わないのかも知れない。

真凛は、コーヒーカップの底の砂糖を混ぜ返しながら考えた末、やはり光一とは自宅ではなくカフェで会うことにした。

何となく優也に後ろめたく感じてしまった真凛であったが、どうしてそんな気持ちになったのかについては、今は考えないことにしようと思っていた。

その翌日、真凛は高崎市内のカフェで光一を待っている。

5年ぶりに会う元カレ、今日は仕事の話であるとは言え、複雑な気持ちである。

いつもの通り、コーヒーに砂糖を5杯入れたところで、光一は真凛を見付けたようだ。

「マリンちゃんだよね?」

「コーちゃん!」

真凛は、つい付き合っていた頃の仇名で呼んでしまい、しまったと思った。

でも光一は、それは気に掛けず、本当に感激しているようだ。

「マリンちゃん、すっごく綺麗になって、カッコ良くなって、見違えたよ!」

真凛も昔を思い出したのか、膨れっ面を見せて言う。

「じゃあ、昔は綺麗でもカッコ良くもなかったって言うの?」

「ゴメンゴメン、あまりにも素敵になってるので、ビックリしてしまって。」

これも光一の本音みたいなので、真凛も悪い気はしないが、光一はつい付け加えてしまう。

「でも、膨れっ面と砂糖の量は変わらないんだな。」

こうして二人は5年ぶりに再会したのだが、光一からの相談は、本当に凄腕の司法書士に対しての相談であるようだった。

大学卒業後は群馬を離れて、東京の携帯電話販売会社に就職した光一は、1年後に他の二人の仲間と共に独立してベンチャー企業を立ち上げ、暫くはうまくいっていたのだが、仲間の一人が会社の金を持ち逃げして行方をくらまして以来、いろいろな事件などが重なって、結局会社は倒産、光一も自己破産してしまい、今は実家に戻って父の会社を手伝っているという。

「お父様の会社って、確かチョコレートを輸入してくるみたいなお仕事だったよね?」

「そう、株式会社スイートパラダイスだよ。」

「じゃあ、コーちゃん、チョコレート屋さんになってるんだ。」

真凛は、自己破産したという光一に配慮してか、敢えて明るい口調で言う。

「そう、マリンちゃんとは違って辛党で甘いものは苦手な俺が、図らずもチョコレートを売る羽目になるとはな。本当は親父の会社になんか入りたくはなかったんだけど、破産が知られてしまってるんで、地元では雇ってくれる会社がないんでね。」

光一の父である砂川寛治は、息子とは正反対に、若い頃から甘いもの、特にチョコレートが大好きで、趣味が高じてチョコレート菓子を自分で作るようになり、大手商社勤務のサラリーマンだった42歳の頃、“素人甘味王選手権”というテレビの企画に応募して入賞したのを機に脱サラ、チョコレート菓子の輸入販売と商品の企画開発を行う株式会社スイートパラダイス(S社)を設立、商社時代のルートを生かした輸入商品や、寛治自身の鋭い感性を生かしたオリジナル商品の企画開発で、業績は順調に伸びていたという。

ところが、昨年暮れにクリスマス商品として輸入した高級チョコレート製品から食中毒事件が発生、被害者からの多額の損害賠償請求や、風評被害による返品や取引停止が相次ぎ、たちまち経営危機に陥った時、チョコレートとは全く関係のない香辛料などを輸入販売する株式会社ブラックペッパー(B社)の経営者から“支援提携したい”との申し出があり、提案書が届いた。

しかし、内容が難しくてS社の役員たちは誰も意味が分からないので、法学部出身の光一に読み取りを任されたのだが、やはり光一も難しいと思ったため、専門家である真凛にチェックして欲しいというのが、今回の依頼なのであった。

光一は言う。

「単に提案書をチェックしてもらうだけだったら、専門家は誰でも良かったんだけど、会社の経営とか今後の事業承継の問題なんかも総合的に相談したいので、マリンちゃんにお願いしようと思ったんだ。マリンちゃんのパートナーには凄腕の中小企業診断士の人が居られて、さらにその背後には大きな専門家グループが控えていると聞いているので、それなら安心できると思ったし。」

どうやら光一は、純粋に真凛の仕事ぶりを評価して依頼してきたらしい。

「分かったわ。では相談をお受けすることにするね。」

「ありがとう!」

「でも一つお願いがあるの。」

「何かな?」

「これからはお仕事でのお付き合いになるから、お互いに苗字で呼び合って欲しいの。」

「分かったよ。特に凄腕のパートナーさんの前では気を付けるから。」

真凛は、コーヒーカップの底に溜まってきた砂糖を掻き混ぜている。

これは、真凛が照れたり恥ずかしかったりする時の行動なのだが、光一は気が付いていないようだった。

(つづく)

 

登場人物紹介

砂川光一(すながわ・こういち 26歳)

株式会社スイートパラダイス(S社)創業者の長男で、緑野真凛とは大学時代の同級生。

大学卒業後は東京に出て会社を立ち上げたが失敗して破産、今は父の会社で働いているが、再び東京に出て一旗揚げたい気持ちで一杯のようである。

性格は少し軽めではあるが、真面目で家族思いな部分もある。

※エスプレッソコーヒーね! マリンは普通のコーヒーでも、カップの底はこうなっちゃうの!!