しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第23回

第4章:走行融合(Zǒuxiàng rónghé) 第3話

双葉梓から愛子と接触できたとの報告を受けた蛯沢省吾は、天に上るかの如くに喜んだ。

「金のことはどげでんいいけん、すぐに愛子に戻ってきて欲しいっち伝えちょくれ。」

双葉は、愛子の希望もあり、鄭征董が実は愛子の義理の息子であり、今回の事件が鄭のために愛子がした行為であるという事実を、省吾に包み隠さず話したのであるが、省吾の頭の中は、そんなことではなく愛子に帰ってきて欲しいという気持ちで一杯であった。

「お金は、程なく鄭さんの方から全額お返しできるそうですよ。」

双葉の言葉に、省吾はこう返す。

「いや、金は鄭さんが必要なんやったら、そんままにしちょっても構わんで。」

この省吾の言葉を聞いて、双葉は提案した。

「それでは、そのお金は社長の会社から鄭さんの“大連蛯澤有限公司”に対しての貸付金ということにして、正式な借用書を書いていただくというのは如何でしょうか?」

「もちろん、OKや。愛子の義理の息子っちゅうことは、俺にとってん可愛い息子なんやけん、鄭さんの役に立つんやったら喜んで。」

省吾が貯め込んだ“裏金”は、これで正式な会社間での“貸付金”になったということであり、双葉も専門家としての立場を守ることができたのである。

隠していた金額を過去の売上の申告漏れとして税務署に申告するべきという双葉の提案にも、省吾は何の迷いもなく応じるのであった。

「全て双葉さんにお任せするわー。もう何ちお礼言ったらいいんか。」

省吾の感激ぶりは本当に純粋であった。

この“貸付金”も、省吾の遺言があるので、やがてはE社の株式の価値という形で実質的に45%は愛子の権利となり、いつかは純治に引き継がれるのだ。

中岡香織には後日になってから、香織がE社に関与する前の経理にミスがあったので修正申告をしたとしか伝えないことにしたので、結局のところ、隠し金の話は省吾と愛子、そして双葉梓の胸の中にだけ収められて、最初から何も存在しなかったこととなったのである。

香織は、双葉を大連に残して、北京に住む夫・武司のもとを訪れた。

「あなたの情報のおかげで円満解決できたわ。」

武司が愛子と鄭との関係についての情報を持っていたことが、今回の解決の糸口になったのは確かである。

しかし、それは武司にとっては、あまり関係のないことである。

「で、こちらに帰ってこれそうかい?」

夫の言葉に、香織は少し辛い表情を見せるが、思い直して言う。

「そうね、しらしんけん努力するわ。今回の愛子さんの件でも、小さな糸口から解決に向かうことができたのだから、方法はある筈よ。」

香織は、三日ばかり夫のもとで過ごしたが、華やかなドレスを着ての食事会、オペラ鑑賞、中国語や英語を駆使しての知人との会話などなど、日本での日常とはあまりにも違う暮らしぶりに、今さらながら驚くのであった。

その一方で、日本で自分が担っている役割の大きさを改めて香織は感じる。

今こそ“しらしんけん”にE社の次の体制を作らんといけん。

それは自分しかできない仕事なのだ。

香織は本多拓斗に国際電話を掛けた。

「本多理事長、突然に申し訳ありません。」

香織は本多のことを“理事長”と呼ぶ。

最初の頃は嫌味半分の気持ちであったが、呼び慣れてくるうちに、徐々に本多に対する尊敬の念が込められるようになってきているようで、本多も抵抗なく香織と会話をするようになっているが、これも双葉梓の功績の一つなのだ。

「香織専務、北京におっちょんのかぇ。」

「そうなんです。それで昨日、大連に行きまして、鄭総経理が“本多同志はお元気か?”と尋ねておられたので。」

「おお、鄭同志(Cheng Tóngzhì)が。」

「発音、お上手になられましたね。」

香織は鄭から、本多があれ以来、中国語を勉強しているらしいということを聞いていたのだ。

そこでまた、香織は双葉から提案されたことの一つを実行に移そうとしている。

「理事長、一つご提案なのですが、中国から人材をお入れになるのは如何でしょうか?」

双葉は先日の鄭との会話から、こちらには優秀な技師が沢山いて、日本に渡って技術を会得したいと望む者も少なくないと聞いたので、本多の技術を伝承するに足る人材が得られるのではないかと考え、香織に提案したのである。

「积极考虑(Jījí kǎolǜ)」

本多が香織に答えた中国語は“積極的に検討します”という意味である。

(つづく)