しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第22回

第4章:走行融合(Zǒuxiàng rónghé) 第2話

愛子は双葉梓を家の中に招き入れて、話を始めた。

愛子は、いずれはこうなる日が来ると感じていたのか、双葉が想像していたよりもずっと冷静であり、双葉が話し始める前にこう言った。

「お金の話は主人から聞いておられますよね?」

鄭征董の妻は気を利かせて席を外しているが、日本語は分からないということなので、双葉は安心して返答する。

「はい、私は省吾さんから聞いていますが、そのことを香織さんはご存知ないです。」

「では、私と鄭征董との関係は?」

「それは香織さんが気付かれましたが、そのことについては、省吾さんはご存知ありません。」

双葉のこの言葉は、愛子の想定外のことであったが、これで愛子は初対面の双葉を信用しようと思った。

もちろん、双葉の会話の巧みさもあるが、その人柄が担う部分も、信頼を得るに足る大きな要素なのであろう。

「分かりました。あなたは信頼できそうな方ですね。全てお話します。」

愛子と征董との関係は、双葉と香織が想像した通りで、別離以来ずっと連絡を取り合っており、大連蝦澤有限公司に鄭が就職した経緯も、二人の想像通りのものだった。

そして今から4ヶ月ばかり前、愛子は鄭から、鄭が最も信頼していた部下が、会社の金を日本円にして数千万円相当も横領して姿を消し、このままだと資金繰りに詰まって倒産してしまうとの相談を受けた。

そこで愛子は、蛯沢省吾の隠し資金の存在を思い出す。

省吾が隠し金庫を開けるのは1年に1~2回程度であることを愛子は知っていたので、短い期間に元に戻しておけば発覚しないだろうと考え、自分が持っていた香港の口座に現金を送金し、そこを経由して鄭征董の手に渡したのだ。

ところが、たまたま金庫を開けた省吾に持ち出しを知られてしまい、指摘されたので、衝動的に日本を離れてしまったという。

大連に来た愛子は鄭から、横領した犯人が捕まって大半の金は戻ってきたという報告を聞き、鄭が自分の預金と各所から借り入れた金銭とを足して全額が揃った段階で、愛子は帰国して省吾に全てを話そうと思っていたとのことである。

双葉は、省吾が金を返してもらうことを目的で愛子を探していたのではなく、むしろ愛子が刑法上の犯罪に問われないかと心配していたことや、このことを香織を含めて誰にも知られないように解決したいと願っていることを告げ、今から香織を呼ぶが、金銭のことは話さないで欲しいと頼んだ。

そして双葉は香織に連絡をした。

「香織ちゃん、本当にごめんなさい。痴話喧嘩が原因でこうなっちゃって。お恥ずかしいわ。」

香織と再会した愛子は、双葉の願った通りに振る舞ってくれた。

香織も、自分たちが来たことで、愛子が省吾のもとに戻るきっかけができて、愛子は純粋に

歓迎してくれていると思い、心から嬉しく感じていた。

愛子は、鄭の妻に中国語でいろいろ話し、二人は日本から愛子を迎えに来てくれた親族であるということにしたようだ。

そして夕方、鄭征董が帰宅してきた。

「香織専務、急のお越しで驚きました。愛子さんのこと、隠していて申し訳ありませんでした。そろそろ帰国してはと話していたばかりだったのですよ。」

もちろん中国語なので双葉には全部は理解できないのだが、他の三人の雰囲気で概ねの内容は分かるのだ。

征董はしみじみと語っている。

「愛子さんは私が苦しかった幼い頃から、ずっと私の母でいてくれた人なんです。蛯沢さんの会社にお世話になれたおかげで、今ではこうして家も買って幸せに暮らせていますが、それまでは妻と子と三人で貧乏な暮らしをしていました。ですから今回の件、省吾社長には本当に申し訳なく思っています。香織専務には是非、母を叱らないで欲しいと社長に頼んで欲しいのです。」

愛子から話が通っているのか、征董も香織には金銭の話は一切しなかった。

一家での夕食に香織と双葉も同席することになり、征董も饒舌になってきた。

「本多同志(Tóngzhì)はお元気ですか?」

少しだけ日本語を理解する征董は、日本での工場見学の際に、香織が本多拓斗に伝えた征董の言葉の通訳がとっても大袈裟だったことを笑いの種にする。

香織から征董の言葉の翻訳を聞いて、双葉も大きな声を出して笑うのであった。

その夜は、まるで親戚が来たみたいに鄭家では香織と双葉を歓迎してくれた。

香織は、ようやく愛子と自分が本当の親戚関係になったような気がしていた。

双葉は、香織に隠している事実があるので少しだけ後ろめたかったが、何よりも円満解決に向けての方向が見えたことを心から喜んでいた。

(つづく)