しらしんけん/何日君再来
~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第21回
第4章:走行融合(Zǒuxiàng rónghé) 第1話
中岡香織と双葉梓は大連市内のホテルにチェックインしたが、もう夕方だったので、まずは双葉が“大連蝦澤有限公司”の様子を見に行くことにした。
大連には現地人以外の人の姿も少なくはなく、派手な金髪ではあるが、それで双葉が目立ってしまうことはなさそうだ。
鄭征董が総経理を務めている会社の事務所は、別府の本社同様、1階がショールームになっており、“蛯沢☆愛”、いやこちらでは“虾泽★爱”と表記されている部品でもって見事な改造が施されたバイクが何台か展示されており、通行する人の中にも、立ち止まって憧れの眼差しで見つめている人が居るようである。
やがて数人のスタッフも帰宅し、入口のシャッターも閉められた後、最後に鄭征董らしき人物が事務所を出てきて、近くの駐車場に止めてあった巨大な改造バイクで颯爽と帰宅していった。
双葉は、鄭が改造バイクを丁寧に慎重に扱う仕草を見て、この人も本当に純粋にバイクが好きな、芯からの“エビサワマニア”であると、改めて感じたものであった。
翌朝、あらかじめ確認しておいた鄭の自宅近辺に双葉は行ってみた。
どうやら鄭には妻子が居るようで、そう広そうではないが、一戸建ての住宅である。
そして鄭が例の改造バイクで颯爽と出勤した後、鄭の妻らしい女性と、その人の子であるらしい5歳くらいの女の子と一緒に、愛子と思われる人物が姿を見せた。
双葉は、さりげなくスマートフォンを取り出して、三人の写真を撮影した。
「間違いありません。愛子さんです。」
香織の返事に、双葉は答える。
「これからどう進めましょうか?」
「こうして鄭さんの奥さんや娘さんらしき人と仲良く歩いているところを見ると、やはり正式に義理の親子の名乗りを上げているのでしょうかね。」
「おそらくそうだと思います。本当に自然な家族という感じでした。」
双葉の言葉に、香織は決断した。
「それなら正面から会いに行ってもいいのかも知れませんね。」
こうして、その日の午後、二人は愛子に会いに行くことになった。
双葉は香織に、こう提案した。
「まず最初は顔が知れていない私が愛子さんと会って、香織さんが来ていることを伝えようと思います。」
それは、愛子がいきなり香織に対して、持ち出した金銭の話をすると、省吾の意に沿わない結果になる可能性があるからである。
このように、複数の当事者と関係していて、それぞれの当事者に互いに知らせてはならない情報があるケースでは、常に双方に対して“方便”を使わなければならず、双葉ほどの百戦錬磨の専門家であってさえ、とても気を遣うものなのだ
しかし香織はそれを、最初から自分が顔を出して愛子を驚かせるよりは良い方法だと思い、双葉の提案に同意した。
双葉の職業は行政書士であるから、このようなことを仕事としてするものではないが、今は香織の、というよりも蛯沢家のために最善の方法を講じるべきと考えていた。
「対不起(Duìbùqǐ)」(ごめんください)
双葉は、香織とは違って慣れない北京語を使って、鄭の自宅の玄関で挨拶する。
そして、出てきた鄭の妻らしき女性に言う。
「你有愛子吗?(Nǐ yǒu àizǐ ma)我是从日本来的(Wǒ shì cóng rìběn lái de)」(愛子さんは居ますか?私は日本から来ました)
その声を聞いて、愛子が奥から姿を現した。
「蛯沢愛子さんですね。私は双葉梓と申す者です。蛯沢省吾さんから頼まれて来ました。香織さんも一緒です。」
愛子は驚いたようではあったが、落ち着いた口調で言う。
「あなたは刑事さんとか弁護士さんとかですか?」
「いえ、違います。個人的に蛯沢省吾さんや香織さんと親しくしている者です。」
双葉は、金銭のことで追及されるのを警戒しているようにも見える愛子を安心させるためにこう言ったのだが、それは嘘偽りではない本当のことでもあった。
愛子は、それを聞いて安心したのか、ゆっくりと話を始めた。
「主人はどのように申してますか?」
「香織さんとお会いになる前に、省吾さんの言葉をお伝えします。全て許すから帰ってきてくれと。」
(つづく)