しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第19回

第3章:変動 第6話

翌日、中岡香織が双葉梓に折り入って相談があるとの連絡を入れてきた。

「実は、愛子さんの居場所の事で新しい情報があるのですが、どうしたらいいのか分からないので、相談したいと思いまして。」

双葉は、蛯沢省吾からも相談されており、愛子の失踪に金銭が絡んでおり、しかもその金銭が脱税資金であるらしいという、香織が知らない情報を知ってしまっているので、香織にどのレベルまで真実を伝えるべきか迷っていたが、とにかく会ってみようと考えた。

今は金銭云々のことよりも、愛子の無事帰還が省吾の一番の望みであり、それは蛯沢純治や香織とて同じであると思ったからである。

そして香織は、愛子がどうやら大連近辺に居るらしいとの情報を双葉にもたらし、双葉は香港と大連という二つの情報に繋がりがあるのではないかとの想像を巡らせるが、省吾と約束しているので、香織には今はまだ、省吾から得た情報は伝えないことにした。

双葉は、実は心には少しだけ思ったのだが、おそらく省吾には尋ねることができない質問を、意を決して香織に尋ねてみた。

「鄭征董という人物と愛子さんとは、どういった関係だと思われますか?」

香織は、双葉が心に思っていたようなことは何も思っていなかったようで、普通に答える。

「鄭さんが来日された時に一度会っているだけで、それ以上の接点はないと思います。年齢も15歳くらい違いますし、まさかという関係でもないと。」

その“まさか”こそ、双葉が最も心配していることなのであるが、香織も蛯沢家の人間であることに配慮し、そのことには具体的には触れずに、双葉はさらに尋ねる。

「鄭さんの身元とか分かる情報はありませんか?」

そこで香織は思い出した。

鄭が大連で現地採用される際に、夫であり在中国大使館の職員である中岡武司に鄭の職歴調査を依頼し、夫が“絶対にバレないように”という条件で協力してくれたことを。

その時、夫は国際電話で“鄭征董さん、大丈夫みたいだよ”とだけ言い、香織は職歴調査をさほど重要視していなかったので、データなども受け取らずに、父に大丈夫との報告をしただけなのであった。

「早速、夫に頼んで当時の資料を取り寄せます。」

翌日、夫から送られてきたメールに添付された中国語の資料を、香織は双葉に見せて言う。

「一見すると何の変哲もないようですが。」

双葉は、全部は理解できないながらも、中国語の資料を見て、ある部分に気が付いた。

「鄭征董さんのお父様は亡くなっておられるようですが、苗字が違うみたいですね。」

「おそらく征董さんは母方の姓を名乗っているのでしょう。中国では時々あります。」

双葉は、その文書の“苏刘伟”という文字が書いてある場所を示した。

「これが征董さんのお父様の氏名のようですが、私は中国語の簡体字は分からないので、日本風の漢字に直したらどう書くのか教えていただけますか?」

香織は、メモ用紙に“蘇劉韋”という文字を書いて示した。

「蘇劉韋(そ・りゅうい)ですね。」

これで双葉は気が付いた。

先日、省吾に会った時に聞いた、かつて愛子を連れ去った華僑の男性の名前が蘇劉韋であったことに。

「鄭征董さんの父親の蘇劉韋、この人は愛子さんの元の夫だった人ですよ。」

「えっ!」

驚く香織に双葉は言う。

「もしそうなら、愛子さんと鄭さんとは義理の親子ということになります。」

あくまでも今の段階では想像に過ぎないのではあるが、双葉の中ではストーリーが繋がってきたので、ここで話せる範囲の内容を香織に話すことにした。

愛子が19歳で蘇劉韋と結婚した時、劉韋には既に前妻との間に4歳だった子の征董がおり、愛子は征董を自分の子のように可愛がっていたが、5年後に劉韋が死去、征董は前妻の実家である鄭という家に引き取られて、愛子は帰国して省吾と再婚した。

ここまではおそらく間違いないだろう。

ここから先は完全に想像であるが、愛子と征董とはずっと連絡を取り合っており、1年半前にE社が中国に代理店を持つとの情報を愛子が征董に伝え、33歳になっていた征董は人材募集に応募して総経理になり、その結果として日本で数十年ぶりの再会を果たした。

そして今、愛子は大連に渡って鄭征董と暮らしている、だから鄭は省吾にこのことを知らせることができない。

双葉は、省吾との約束があったのでその続き、すなわち何らかの理由で鄭征董は現金が必要になり、愛子は征董に渡すために省吾が隠していた現金を持ち出し、自分が口座を持っていた香港の銀行に送金したのではないかという想像については、まだ香織には話さなかかった。おそらく双葉が想像したストーリーは真実に近いのであろう。

しかし、それなら自分たちはこれからどうすればいいのだろうか。

省吾や純治にはどう伝えればいいのだろうか。

香織は考えた末に言った。

「私が大連に行って確かめてきます。」

(つづく)