しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第18回

第3章:変動 第5話

双葉梓は、省吾からの依頼で、省吾と一緒に愛子が残していった書類などを調べている。

愛子はE社の仕事には一切関わっておらず、趣味半分でシニアモデルという仕事をしており、地元の小さな芸能事務所に登録をして、時々は雑誌や通信販売のカタログのモデルとなってみたり、稀にはエキストラとしてテレビなどにも出演していたが、特に親しくしている関係者などは居なかったようで、誰かとの個人的な関係を示す証拠は何も出てこなかった。

しかし、愛子が登録していると思われる芸能事務所からは、今のところ何の連絡もない。

もし愛子の失踪に芸能事務所が気付いているなら、蛯沢家に何らかの連絡がある筈であるから、おそらく愛子は出先から携帯電話で対応しているのであろうと考えるべきと双葉は思った。

また、愛子は派手な外見ではあるが、身持ちは固く、省吾以外の男性と関係するような人物ではないことは、香織をはじめとする周囲の人々の話から、双葉は知っていたので、どうして愛子が金銭を持ち出したのか、全く想像できない。

「失礼を承知でお尋ねします。愛子さんは例えば株とかFXとかに投資されていたとか、マルチ商法とかに関係されていたとか、何らかの形でお金が足りなくなる事態が発生するような行為をされていなかったですか?」

遠慮しながらの双葉の問いに、省吾は確信を持って答える。

「確かに愛子は派手に見えるんやけど、特に服装なんかに無駄遣いすることもねえし、愛子宛の郵便はここに届くけん不審なものがあったら分かった筈やし、それにパソコンすら触れんヤツやったけん、FXとかマルチ商法に手を出しちょった可能性もねえと思うで。」

「そうですか。ではどうして愛子さんは多額のお金を持って行かれたのでしょうね?」

省吾も考え込んでいたが、やがて心配そうに双葉に聞く。

「もし愛子が金を盗んだっちゅうことが公になったら、窃盗罪で逮捕されるんやろか?」

その言葉を聞いて、どうやら省吾の心配は金の帰趨ではなく、こちらの方なのだと双葉は思った。

「いえ、安心してください。日本の刑法には“親族相盗例”と言われる規定があって、同居している妻である愛子さんが、仮に夫である社長のお金を盗んだとしても、罪には問われないことになっています。」

「良かった。」

省吾は本当に安心したようであった。

しかし、念のため双葉は言葉を付け加える。

「ただ、第三者が関係していた場合には話が変わる可能性はあります。有り得ないとは思いますが、何者かが愛子さんに指示してお金を盗ませたということになれば、やはり犯罪ですから。」

「第三者かえ。全く心当たりはねえなぁ。」

「金額も大きいですしね、とにかく表沙汰になる前に愛子さんの行方を探さないといけないと思います。」

双葉はそう言ったあと、さりげなく置いてある家庭用電話器に気付き、省吾に尋ねる。

「この電話器は使っておられるのですか? 最近は固定電話を使う人も少なくなっているようですが。」

「そやなぁ。普段使うことはねんやけど、たまに会社とFAXをやり取りすることがあるなぁ。」

それを聞いた双葉は、念のために電話器を触ってみて、3ヶ月ほど前のFAX発信記録の中に、見慣れない番号を発見する。

「011-852、これは国際FAXですが、覚えはありますか?」

「いや、会社以外とFAXでやり取りした覚えはねえなぁ。」

双葉は自分の携帯電話で、この852が何処の国が割当を受けている番号なのかを調べた。

「これは香港の番号ですね。」

いろいろと調査して、愛子と香港との関係は完全になくなっていると信じ込んでいた省吾は、双葉の言葉に驚く。

その後、双葉が相手先のFAX番号を調査したところ、香港の銀行の支店であることが判明した。

おそらく、愛子が香港に住んでいた頃に作っていた銀行口座に、現金を送金する際の手続きの関係でFAXを送ったのではないかと双葉は想像したが、この家庭用電話器には、過去のFAX文書の内容を記憶しておく機能はないようで、愛子が香港の銀行に何を通知したのかは分からないままである。

双葉は少し考える時間が欲しいと思い、省吾に伝えた。

「お金のことは、暫くは私たちの中だけで止めておきましょう。でも、香港のことは、香織さんには折を見て伝えた方がいいと思います。」

(つづく)