しらしんけん/何日君再来

~一途な愛と変わらぬ情熱の物語~ 連載第10回

第2章:それぞれの想い 第3話

E社の事業は“オートバイのカスタムパーツの製造販売業”であり、そのメインの商品は、蛯沢省吾がレーサーであった時の実績を基礎とする“蛯沢☆愛”というブランドで展開する、オートバイの改造部品である。

そして、改造部品の中には、法律上では公道を走行してはならない形態や機能を持っているものも少なくないというか、そちらの方にこそ、かつてサーキットを颯爽と走っていた省吾が作る“蛯沢☆愛”ブランドの本質があると言えるのだ。

もちろん、E社では特定の種類の商品を販売する際に“この商品は法律上、公道で使用できませんので、サーキット等でのみ使用してください”との趣旨の注意書きを入れてはいるが、“エビサワマニア”の中には気にせず公道を走行している者は決して少なくはないし、彼らは車検の時にだけ純正部品と交換して、車検が終われば再び元に戻すという繰り返しをしており、さらにその交換作業もE社の仕事の一つになっていて、まさにそれは蛯沢純治が得意としている仕事でもある。

また、ごく一部ではあるが暴走族が好んで使っている部品もあり、要するにE社は世間の全てから認められている事業を行っている会社ではないということであり、中岡香織はそのことが将来に向けて不安でならない。

いわば、今のE社は法律スレスレの所を綱渡りのように歩んでいる状態で、もし何らかの大きな事故や事件でも起きて規制が強まれば、たちまち売れる商品がなくなってしまうというリスクを抱えているのだ。

もちろん、“蛯沢☆愛”というブランド力は大切にしなければならないが、本来であれば堂々と公道を走ることができる商品をE社のメインに据えるべきと香織は考えており、実はこの問題に対しても、今から1年半前、双葉梓の指導を受けて、一つの手を打っている。

「交通関係の法令も年々厳しくなっていくばかりでしょうから、今の御社のビジネスモデルには限界があるでしょうね。」

双葉の言葉を受け、香織は尋ねる。

「何か打開策はあるのでしょうか?」

「一つは、横浜重工との関係を強化して、合法部品の販売比率を高めることです。」

「そうですね。それは引き続き努力しますが、他にもあるのですか?」

「日本よりも道路交通に関する法律の規制が緩い外国にカスタムパーツを輸出するという、新たなビジネスをスタートしては如何でしょうか?」

そして香織は、双葉の協力を得て、手始めに中国ルートにアプローチしてみたところ、大連に本社がある総合商社が輸入代理店として名乗りを挙げた。

形式的には名乗りを挙げたことになっているが、実は大使館に勤務する香織の夫の中岡武司が、決してバレないようにとの条件で、少しだけ裏から力を貸してくれたのである。

その会社は、“大連蝦澤有限公司”という別会社を作り、現地で応募してきた鄭征董というバイク好きの人物が、別会社の責任者である“総経理(ゼネラル・マネージャー)”に就任し、中国を通して東南アジア各国にも販路を広げてくれるという。

ところが、工場で製造を担う本多拓斗理事長は、海外進出に関してはあまり積極的ではなかった。

「いくら香織専務のアイデアでん、知らん国で走りよんバイクの改造部品にまでは責任が

取れんでぇ。我が社は目の届く日本国内だけで仕事をすべきっち思うけどなぁ。」

そのあたりが、現場を取り仕切っている本多と、ビジネスを広げたいと考える香織の最も大きな経営方針に対する考え方の違いなのであった。

ここでも、香織は双葉から貴重なアドバイスを受けている。

双葉は言う。

「大連の鄭征董総経理も“エビサワマニア”なんでしょう。」

「そうだと思います。凄い改造バイクに乗っている写真がフェースブックに上っていますし。」

「それなら、一度来ていただいて、本多理事長とバイクの話をされると良いのではないでしょうか。」

「なるほど!」

「それで、香織さんが上手く通訳をされるんですよ。」

間もなく、大連から鄭征董が本社と工場を見学に来て、その時にバイクの話で意気投合した本多は、それ以降は文句を言わずに輸出用の部品も作ってくれるようになった。

実は、通訳をした香織が、双葉の指導の通り、双方の話を相当に盛り気味で翻訳した成果でもあるのだが、省吾も純治も含めて、趣味が共通ということが、男性たちにとっては理屈を超えた信頼のベースの一つになっているということに、香織は改めて気付かされたのである。

そう言えば夫の武司もバイク好きで、いわゆる“エビサワマニア”の一人でもあり、それで香織がE社に関わるために別居している状態を許しているのかもしれないと思うと、香織は何とも複雑な気持ちになるのであったが。

しかし、鄭征董が信頼を置ける人物であるということは、武司に裏から頼んで秘かに行った職歴調査でも証明されているし、とりあえず海外ビジネスに関しては安心だと香織は思っている。

(つづく)

登場人物紹介(第10回)

・鄭征董(てい・せいとうZhèng Zhēng dǒng  35歳)

E社の中国での販売代理店となる“大連蝦澤有限公司”が設立された際に現地採用され、

何故か幼少時からの“エビサワマニア”だと自称している。