二次元セミナー~親愛信託活用マニュアル講座~第43回

P186~189:「親愛信託事例1-13家督承継信託」から(初版版ではP182~185)

【この手法で対応できる問題】

明治民法の時代は、今とは違って「家督相続」が相続の大原則でした。

これは、「財産は個人のものではなく、先祖代々からの“家”のもの」という、いわゆる「家制度」から出た発想で、現代の法律関係者は、まるで悪事であるかのように毛嫌いするのですが、実際には少なくとも当時の我が国の世情には合致した、極めて合理的な制度であったと思います。

前にも申しました通り、遺留分制度も「家制度」の存在があってこその仕組みだったので、本来は昭和22年の日本国憲法制定の段階で全面的に廃止されるべきものが、何故だか恣意的に残されたのです。

明治民法制定や遺留分を恣意的に残した話などは、私の過去のブログ「田和家の一族」にデフォルメして書いていますので、よろしければご覧ください。

現代においても、いわゆる旧家や名門と呼ばれる一族の方々にとっては、財産は個人が勝手に浪費しても良いものではなく、ご先祖様に恥ずかしくない正しい承継をしなければならないと考えておられる方も多いと思われ、それは尊重すべき立派な思考であり、我が国の伝統的な道徳観に叶う美風であると私は考えます。

しかし、現在の民法は、そんな道徳感や美風などは一切無視で、相続財産の行方は民法が勝手に決めるもので、被相続人の意思など通してはならないというものですから、まさに「家督相続」などは絶対に排除しなければならないのでしょうけれど、それこそ憲法違反なのではないのでしょうか。

何とか家督相続を実現しようと考えて、遺言でもって「次の次」の相続人を指定して抵抗を試みた人も過去にはありましたが、それは最高裁でもって否定され、遺言は一代限りの効力しか持たないということに決まってしまいました。

そういったことで、民法の世界で家督相続は絶対に有り得ない仕組みになっていますので、ここでもまさに信託の出番ということになるのです。

【事案の概要】

この事例の舞台は沖縄ですが、沖縄はまさに先祖を大切にする美しい慣習が残っている地域で、極めて良い意味で「財産は家のもの」という考え方がありますから、日本の民法とは相容れないケースが多い地域と言えるでしょう。

ところで慣習と言えば、民法第92条に「任意規定と異なる慣習」として「法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。」という条文があり、ここでも法定相続制度が強行法規なのか任意法規なのかという、根本的な部分での鬩ぎ合いがあるということなのです。

沖縄のように明らかに民法の規定と異なる慣習が存在している地域で、一方的に法定相続制度を強行法規だと決め付けるのが、果たして正しい事なのでしょうか?

日本国憲法の理念に照らして考えても、とても変な事だと私は思うのですが、皆さんは如何思われますのでしょう。

【親愛信託以外の方法を利用した対策】

これも「他の方法はない」というしかないでしょう。

沖縄の人たちに限らず、多くの善良な日本国民が諦めてしまっているというのが現実なのですから、一種の社会問題なのではないでしょうか?

【親愛信託を利用した提案】

当事者の意思が全てを決する信託の世界では、財産をどう承継させようが当事者の自由なのですから、スキームは単純な受益者連続型の信託に過ぎません。

以前にも指摘したかも知れませんが、ここで信託法第91条の「30年ルール」を気にする向きがあると思います。

学者の本などでは「30年経過後の次の受益権承継をもって信託が終了する」と書いてあり、誰もが何も考えないでそれを信じているようですが、もうひと考察していただきたいのです。

信託の終了事由は信託法第163条に列記されており、別の条文で終了事由とされているものも163条で再度挙げられているにも関わらず、この91条に関しては何も書かれていません。

また91条の条文にも「終了」という言葉はなく「効力を有する」という言葉しかありません。

つまり、30年経過後に発生した受益権承継をもって、信託全体が終了するのではなく、その先に関して定めている受益権承継の契約内容の効力がなくなると読んだ方が適切なのではないかという考え方が出てくる余地があるということなのです。

いずれにしても30年以上先の話ではありますが、今からきっちりと議論しておくべき部分ではあると思っています。

【親愛信託を利用するメリット】

受益者連続とか制限機能とかになってくると、もう他の制度では実現できないことが明白なので、改めてメリットを挙げるまでもないのですが、とにかくこの方法でもって、依頼者の純粋な願い、日本の美しい慣習などを、その実現を妨害する民法という悪法の魔手から逃れさせることが可能になるということです。

それでは、また明日。

(つづく)

≪本日の学習ポイント≫

  • 家督相続を美しい慣習と考え、望んでいる人たちが存在することを忘れてはいけない。
  • 遺言による相続人の連続型指定は最高裁で完全に否定されている。
  • 相続法制の強行規定性に対する疑問を持ち、民法第92条を再検討すべきである。
  • 信託法第91条の「30年ルール」に対する思い込みを外して再検討すべきである。

雑感

昨日は久しぶりに外食をしようと、初めて入る店に行ったのですが、最近の東京では、外に「マスク着用」についてのお願いが貼ってあるので、何も貼っていないのを確認してから入ってみると、入口で「検温をお願いします」と言われました。

店の事情や店員さんの立場も分かりますので、やはり私が協力するには入場を辞退するしかないと思い、検温を拒絶して店内に入ることは諦めましたが、いよいよ百貨店や家電量販店、スーパーばかりではなく飲食店まで、私が入れない店が増えてきて、実に面白い展開になってきたと思います。

そんな時に見付けたのが、下記URLの「スウェーデン方式」に関する論評です。

私は当初から、マスクも「ソーシャルなんとか」も強制せず、全てを国民の自主性に任せるスウェーデン方式を支持していましたが、自分の頭で考えるのが苦手な我が国の国民性には合わないのでしょうね。

1年後には出るであろうコロナ騒動に対する結論がどうなるか、本当に楽しみです。

https://www.msn.com/ja-jp/news/coronavirus/%E8%AA%A4%E8%A7%A3%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3-%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E5%AF%BE%E7%AD%96-%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E9%9B%86%E5%9B%A3%E5%85%8D%E7%96%AB%E6%88%A6%E7%95%A5-%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%8F-%E6%8C%81%E7%B6%9A%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7-%E3%82%92%E9%87%8D%E8%A6%96/ar-BB180ol2?ocid=msedgdhp